美術教育の価値を広くご理解いただく活動を
学習指導要領改訂前、話題になったのは「学力」。マスコミから出てくる情報だけ見ると、まるでテストの結果で右往左往しているかのよう。いわゆる5教科というモノサシばかりが強調されすぎています。
残念ながら図工美術はまるで蚊帳の外。それは美術の教育価値が国民に理解されていないからではないでしょうか。
あの「教育テレビ」が「酒井式描画指導法」を、善意から、優れた授業として取り上げたのも象徴的な出来事なのかもしれません。
「先生、子どもの絵って、そう見るんですか!?」保護者の前で、子どもの絵について解説すると、よく出てくる感想です。幼稚園児でも、小学生でも、中学生でも。この言葉を聞くと、やってよかったと思う反面、やっぱり美術教育の価値は理解されていないのだなあとつくづく思います。
保護者は造形的な価値を中心にして解説されると思っているのでしょう。しかし、解説されるのは、子どもの思いや色や形にあらわれているその意味、そこでの学び、そんなことです。こちらから日ごろの家庭での生活の様子などを尋ねたりすることもあります。
中学校で学級懇談会が終わったあと、廊下に飾ってある子どもの作品を見ながら、絵の解説をました。親御さんの絵の見方が変わりました。他者との比較で絵を見るのではなく、絵を通して我が子そのものを見ているのです。それはいつのまにか、子どもの絵を「子どもが今を生きる証」としてとらえているということでもあります。
親御さんには、「絵を見るとき、描いた順序、鉛筆や筆の跡、それらを自分が描いていると思ってじっくり見てください」と話します。手直ししている痕跡にも、その意味を考えるようになります。さらに、絵には子ども自身の書いた簡単なコメントも添えてありますから、これも鑑賞のヒントになっています。
こんなことがありました。自分の子どもの絵を見てあるお母さんが私にこの絵を描いたのはいつごろですか、と尋ねられました。家庭では親子関係がしっくりいっていなかった頃なのだそうです。その絵を見てお母さんが、あの頃はさびしかったんだということが、わかりました。この絵を描くような機会を与えていただいたこということで感謝の言葉を述べてくださいました。その絵は幼い頃遊んでいたブランコが描かれていました。繊細な表現で、やわらかい色調です。(お母さんもその場所をよくご存知でした)その絵は最後に小さな妖精を描き加え、完成となったものです。
教師だからこそわかること、親だからこそわかること、子どもの絵を語り合いながら、つくづくそう思いました。
こうして保護者に子どもの表現の意味を説明したら、あるいは共に考え、感じとったら美術による教育の価値をご理解いただけると実感しています。
それがうまく機能している例があります。大阪の千里敬愛幼稚園で行われている保護者を対象とした「描画鑑賞ツアー」というものです。そこでは、保護者が造形表現に対して非常に深い理解を示しています。園長、幼稚園教諭、描画担当の大橋功氏が一体となって取り組んでいる成果ともいえるでしょう。
美術教育の価値をご理解いただくために、保護者はもちろん一般の方々も対象に、様々な場所で、様々な方法で発信し続けていくことが必要です。もちろん、日々の授業を通しての子どもの変容を第一なことは変わりませんが。
美術教育の研究実践あるいは研究会開催で使うエネルギーの何割かを「美術教育の価値」を伝える運動に使う時に来ているのではないでしょうか。このようなことを全国各地で展開していけば、次の指導要領改訂の時に違ってくるはずです。学校教育から美術教育を消すわけにはいきません。
あわせて現場の指導で困難を感じている教師のための支援的な研修会の開催も大事にしなければならないでしょう。
さて、美術教育の価値を伝えるための方法は他にもあるはずです。その方法を美術教育界全体で交流し、高め合い、大きなうねりをつくっていってはどうでしょう。できるならば「美育文化」誌でも、特集していただければと思います。全国各地でそんなことが起これば…と考えています。
誰かが、どうにかしてくれるだろうではなく、例え一人でもやる、そういう意志がつながることが強い力を生み出すはずです。
共に行動しませんか?ブログ「美術と自然と教育」http://yumemasa.exblog.jp/でお待ちしております。よろしければ、様々な情報をお寄せください。それらを紹介させていただくことからはじめたいと思います。
2007年12月
山崎正明
「美育文化」誌 2008 Vol.58 No.1 「Power to the Art Education !」に投稿した内容をもとに加筆修正を加えたものが以下の文章です。