1年生「感情を表に出す」

「感情を表に出す」

 中学校1年生の授業。 1時間で、色を使う面白さを味わうための授業。
(小さい紙片に色で遊ぶ。このような授業を小学校2年生担任の先生に、おすすめしたことがあります。ねらいもテーマも違います。でも見かけは似ています。)
 15センチ角の正方形の画用紙にアクリルガッシュを使用。机には新聞紙。
今日は1時間で一人2枚以上の作品をつくりまーす!
(生徒はえっ!?という感じ)
(ここで紙を配布。)
でね、何をやるというかというと、この紙に喜怒哀楽を表現してほしい。(喜怒哀楽という言葉の意味を念のため確認)
 ただし、具体的なものは描かないでね。
そうだなあ、筆以外のものを使ってもいいですよ。指で描くとか、定規で描くとか、何でもいい。
 本当は絵でやってはいけないことなんてことはないんですよ。でも舌で描くとかはお薦めしないなあ。(生徒の笑い)あっ、それから心で描くっていうのもなしね。真っ白い紙のままでも困るから。(生徒の笑い)
 でもね、ただ喜怒哀楽っていっても、つまらないから、色を使って描くとき、具体的な場面を思い出して描いてね。これが大事。何となくそれらしいものを描いたってつまんないでしょ。リアルに。本気で。
 そうそう昨年私がとっても怒ったことがある、もう本気で…。
(生徒の表情が真剣になる)
それはね、イラクの小学校が爆弾によって半分壊れていた写真を見たとき。
 なんでだ!?子どもが何か悪いことした?もし、この学校がそうされたら?そこに自分の子どもがいたら…。許せないと思った…。
で、最近の怒り。車が渋滞していて、何やってんだ!前の車、早く行けよ。(生徒、にこり)喜びだってあるよね。学校で生活していて、あっ、今日は2回も好きな人を見かけちゃった!ドキドキしたりして…(数人の生徒、笑顔で反応)
でね、ひとつだけ条件がある。
最初に画用紙に何かの色を全部塗ってください。
 例えば黄色とか青とか中心になる色を塗ってください。もちろん、その段階で色に変化をつけてもいいですよ。色を混ぜたり、水加減を変えたり、グラデーションをやってみたり。
質問は?(どちらも同じテーマでいいんですか?)
いや、違うものをやってみて。うーん、もし全員が怒りをやったら、何か教室の雰囲気が怖くなったりして…みんなぷんぷんしだしたら怖いもんあ。
じゃ、はじめよかうか!レッツゴー!
(この段階ですぐに絵の具を出して色を塗れる状態になっている)
(何人か話しをする生徒がいたので、理由を尋ねる)
「あのね、人に何する?って聞くのは悪いことじゃないけれど、例えば哀しみを表現しようとしているときに人の話し声があると、じゃまになってしまうね。ちょっと、そのことも考えてください。わからないことがあったら、先生に聞いてください。無料で相談にのります。」
(教室は穏やか静けさ。中にニャリとしながら描いている生徒もいる。あとで聞いたら思い出し笑いをこらえていたそう。)
(授業途中で2分程、周りの人の作品を見るとおもしろいです。立ち歩いてもいいです。〜これは他の時間もやっています。〜自然な学びあいの場をつくるということです)

この授業の存在理由。

・2学期にやった自然から学ぶは細かい仕事が多く、じっくりと練りあげていくもの。しかし、同じ美術でも同じ画材を使いながら(ここがポイント)全く違う美術があるということをつかんでほしかった。色にしても理性を使ってやっていたものが、今回は感覚、直感。色を使う楽しさを感じ取ってほしい。これを先にやると、この対比が弱くなる。いきなり中学校に来て、これでは、子どもは逆に浅いと感じてしまう可能性もある。
・このような授業例はたくさんあります。テーマも様々、「音楽を聴いて」「味覚」「寒暖軽重」…。しかし、これらは課題を与えられての域は出ない、適応表現の学習内容に近い。この授業では日頃感情を表に出す機会がない子ども(大人になるとますます、そう)に絵の中なら、頭の中なら、思い切りできる、そのような絵の魅力を体験してほしかった。しかも現すのは「喜怒哀楽」と言いながら、具体的な場面を想定するので「自分自身」のこと。美術の時間で少しであっても自分を見つめる時間をつくりたい。描いている時は「主観」だけれど、出来上がった作品を他の生徒の作品といっしょに見ることで「客観」になる。
・これは技法指導でもあります。モダンテクニックの練習等ということでずっと以前は練習的にやっていました。しかし、そんなテクニックを教えてもらって試してみるのと、表現したいことがあるので、いろいろ工夫して自ら考えてやってみるのとでは思考に差があります。
 それから制作手順。画面全体に下塗りをして色を重ねながら描いていく方法と、白い紙に下がきを大事にしながら色で描いていく方法と。前者は主調色を決めるということにもつながります。特に前者はこれまで授業でやっていないので、やってみる必要があるということです。
2年生、3年生になったとき、これらの手順も生徒自らが選択していくようにしていく。2年生や3年生になって表現の途中で制作の手順について教える場をつくると、生徒の行為に水をさすことにもなってしまいます。
・そしてこれらの作品を台紙にはって、並べるとなんだか素敵に見えます。作品の下には作品で表した生徒の意図がかいてあります。これを鑑賞したときに、表現のおもしろさを味わうことになります。自分の表したいイメージが伝わってるかどうかという作品的な考え方も出てくるでしょう。なお、この作品では作者の名前は目立たぬように小さく書かせています。先入観を持って作品を見てほしくないからです。(ただし、この鑑賞は授業の中でのことではないので、あくまで副次的なものです)

授業改善

・次のクラスでやったときは、テーマ別に台紙に貼った状態で生徒作品を見せ、喜怒哀楽はどれかを感じ取ってもらったあと、何点かの作品の生徒のコメントを紹介しました。
・紙の大きさと生徒の使用している筆の大きさ、時間などの諸条件から12センチ角に変更。結果、4枚やる生徒も出てきました。
・自由に交流する時間帯をやや早めに長くし、学びあいをするように改善したつもりが、裏目に出た生徒もいます。安易な真似をするこが何人か出てきたことです。もう少し悩ませるべきでした。紙が小さくなったので、前回より早く作品が出来たことで、悩んだあとに他の作品を見てみるという部分が弱くなったのだろうと思います。大きさについては一長一短があるという感じですが、小さい方が今のところメリットが多いと判断しています。
・作品鑑賞をうまく取り入れないかなあと漠然と考えています。鑑賞できるのは廊下掲示ですから。
・新聞紙への試しがきを推奨しましたが、これは大事な制作環境になっていました。
・長方形も考えましたが、色について考えるとき、正方形だと縦か横かの判断をする必要がありません。そのような思考場面を今回はあえてカットしたことは良かったと思います。

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「感情を表に出す」〜生徒のふりかえり

 
 上の写真は、作品を乾かすためにおいている場面ですが、片付けが終わると、机の周りに生徒が集まってきて、あれこれ話しがはじまります。このようなことをしたことがない2年生は(今年度私が転勤してきたため)、強い興味を持ちます。
 さて、 この授業を通して「感じたこと、考えたこと、発見したこと、身に付いたことなど」ということで感想を書いてもらっています。

・楽しい!!美術があらためて楽しいと思った!!また、こんなことをしてみたいです!楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい!
・美術ってすごいなー。かいてて楽しかったり ホッとしたり 悲しくなったり すごい力があるなーと思った!
・すんごく楽しかった♪パッと考えてかくのがたのしいということがわかった。
・いかに自分のイメージどおりに描くのか、考えることが必要。何をつくりたいかはっきり決めなければ。
・ここで身についたことは考える力や、ふとすぐにかける力がついた。とても楽しくてよかったです。
・僕はこの作品を作って、短時間で絵を描く力がつきました。あと、全体的なバランスも上手くできるようになった。短時間で絵を描くのも楽しいと思った。
・僕はこの授業を受けて、少しだけ色使いが上手くなったと思いました。小学校ではあまり奇麗にできなかったけど、中学校ですごくきれいに描けるようになりました。
・自分の気持ちを模様や色で表すことができて、とても楽しかったです。一つの色をただ塗ったのではなく、違う色を混ぜて塗りました。
自分の感情とか思ったことを、ずばっと描けたと思います。ブルーな感情とか、ハッピーな感じとか、伝わるように描けたかなーと思います。またやりたいです。
・色の塗り方がわかりました。自分の思った色が出来て良かったです。工夫が出来て良かった。集中出来て良かった。一生懸命できて良かった。
・自分の感情、自分が思ったことを絵で表すことが、今回の授業なのかなぁと思った。チューブから色を直接出して、画用紙の上に塗って、立体感が出て思い通りになった。
・喜怒哀楽を絵で表すのが新鮮で楽しかった。今回感じたことは、色と模様だけで感情を表すことができる、です。自分は悲しみを表したけれど、自分の感情をそのまま表したから、案外簡単にできました。
・ちょうど今日はモヤモヤしていたけれど、この絵を描いているうちに、なんだかスッキリしました。楽しかったです。
・小学校の時と違って、絵の具を使うことがすごく楽しくなりました。絵文字の時とはまた違って、こんなのもいいなと思いました。
・パッパと描こうと思って描けたから、すごく頭を使った授業で、出来たときはスッキリしました。この授業を通して、自分の色々な感情を知ることができました。
・色の濃い薄いもある程度できるようになったので、これからに活かしていきたいです。この授業でわかったことは、直接絵を描かなくても色だけで気持ちが伝わることがあると思いました。
・短い時間でもしっかり絵が描けるようになることもわかりました。
バランスは大事だなと思いました。同じ場所に同じ色がいっぱいあると、見た目が悪いし、自分のやつはそうなんだけど、大きさ等も考えてやればよかったと思いました。
・この授業をやって、以前より絵を描くのが大好きになりました。最近PCでペイントをしていて、前まではただやっていただけだけど、今ではやりたくてしょうがないくらいに絵が描くのが好きになりました。
・この授業でわかったことは、今まで何かものをその通りに描くのだけが芸術だと思っていました。この授業で色だけでも十分に表現できることがわかりました。
・みんな、色んな感情を持って生活しているんだなあと思いました。
・気持ちを一枚の紙に表すだけなのに、多くの色を使っている自分にびっくりしました。色使いが前よりもうまくなったような気がします。バランスのとり方も、色々なところで上手くなった気がします。
・気持ちが描くのがとても楽しかった。色々なことを思い出しながら描けて良かった。今回やったのは、見る人も描く人も楽しめるようなものだった。

生徒の「ふりかえり」の重要性

 子ども自身の学びについてふりかえる場はとても大切だと思っています。その授業にどんな価値があったのか?教師の設定したねらいや題材は本当に妥当だったのか?授業改善のための非常に有効な資料となります。
 このことについては4観点の項目に沿って自己評価してもらうのが妥当なことなのかもしれません。しかし、このように自由記述で言葉で(今回は数分)書いてもらうほうが、むしろ生の声を聞けることが多いと思ってこのような方法をとっていいます。
 生徒には「今回の授業を振返って、そこにどんな価値があったのかも考えて欲しい」とも時々言っています。
 今回の授業等は、特にこの「ふりかえり」が非常に重要だったと思います。中にはただ楽しくやっていたのだけれども、私からふりかり、考えることを求められたので、そこではじめて意義や価値を考えた生徒もいるだろうと思っています。級友の感想を聴いて、新たに気がつくこともあるでしょう。(感想は次の時間の最初に私のほうで紹介しています。「わかちあい」の場として。)
 こんな積み重ねが授業改善に役立ち、子ども自身が自ら美術を学ぶ価値を感じていくことにつながっていくと思っています。

2007年