子どもと題材との出会い

 「題材との出会い」とは、いわゆる題材の導入場面のことです。
教師が子供にどう題材を提示したか「子供の心をどうゆり動かしたか」が特に重要だと思います。
この「題材との出会い」が子どの表現意欲を大きく左右します。
題材との出会いで考えられること。
教師は具体的にどんな言葉を、なげかけたのか。
子供に見せたものや、見せ方の工夫。
子供に気づかせたり、考えさせたこと。
授業前のアプローチ(環境づくりも含む)などいくつかの視点が考えられます。
私の授業「自分の存在証明」を例にとって考えみます。
・環境づくりという点では、様々な表現方法の生徒作品をさりげなく展示しています。
・「自分の存在証明」の授業に入る前に「表現とは何か?」というテーマで「鑑賞の授業」を設定しています。この授業は「自分の存在証明」へのアプローチとして位置づけています。
「作者の精神と表現」という視点から80点ほどのスライド(高画質で大画面、スライドは画集から複写)を見せます。(注→現在はパソコンとプロジェクターにつないで使用)
・授業はいつもと違った雰囲気でのぞみます。(スーツ姿で身なりも気をつけ、美術室もいつもよりはきれいにして)授業の最初にあらたまった口調で姿勢を正し「ただいまより卒業記念作品「自分という人間の存在証明」についての「鑑賞の授業」をはじめます。」と宣言し、深々と頭を下げます。(クラスによっては「拍手」がおこります。普段の授業ではあり得ませんが…。)
なお、この中でアンドリューワイエスの「1946年の冬」という作品の彼自身の作品解説を紹介しています。これは説得力があると思います。
スライドの後半では軽く「存在証明」で取り組む作品の例を見せます。
次の時間、いよいよ「題材との出会い(導入)」です。生徒に次のように提示します。
「自分という人間が、今、この世に確かに存在しているということを、自分を深く見つめながら、作品をつくることを通して、証明してみよう。
できあがった作品は「自分自身が今を生きているという証」となる。
そして義務教育を終えるという記念すべき日に、全員の作品を飾ろう。
「自分って何だろう」と深く見つめることは、よりよく生きていくことにつながっていくに違いない。
自分を似せるのが目的ではない。似せるのであれば、写真でもよい。
表面的な仕事をするのではない。
君たち一人ひとりの違い、生き方や感じ方、考え方の違いがすべての出発点となる。そこに個性が生まれてくる。」
そして、さらに次のような言葉も加えます。
「卒業記念作品としてどんなに頑張って作品を完成させても、成績はあがりません。けれど、ある意味でこれから本当の美術がはじまるともいえます。」
「自分の存在証明」の導入はいわば、この授業のもっとも大事な部分としてとらえていますので、年々改善して内容を充実させています。
しかし、ではそれに比例して子どもの心を揺さぶるという点で高まっているかというと、必ずしもそうではないと反省することもあります。それは私の心の問題です。
はじめてこの授業をやろうと決めた時、「本当に子どもは本気でやってくれるだろか」「いろいろな表現方法があるのに本当に指導出来るのだろうか」「これまで積み上げて来た基礎基本は本当に生きてくるのだろうか」という不安の中、これこそが義務教育最後に取り組むべきものだと決意し、もう失敗は許されない中で真剣に子どもに向かっていたと思います。
その時の私の心が授業に反映され、それは子どもはちゃんと感じ取ると思うのです。
「題材との出会い」をつくる教師の「本気」が大事だ痛感しています。
 慣れてしまってはいけないなと思います。若い先生の真剣さを見てドキリとすることもあります。この授業をはじめて数年後、授業での子ども達の教室での雰囲気を見て理想が現実になった!と感じたことがありました。
また再びと思ってはいます。
しかしその時の子どもの姿と比べてもいけないような気もしています。
最初に目の前の「子どもありき」です。
「子どもの心を揺さぶる題材との出会い」をつくる前に、授業の存在理由、なぜその題材に取り組むのかという「題材観」こそ確かなものにしておく必要があると考えています。その題材を通して子どもにどんな力や心を育んでいこうとしているのかということです。育もうとしていることが正しいならば生徒もそのことに「やる価値」を感じるはずです。
さてこう書いてみて授業は美術と同じだなと思いました。「技と心」。
さて、存在証明という題材での例ですので、かなり導入が重い感じがすると思います。実際には題材や生徒の実態によって、軽く、短くということもあります。指導計画のバランスが大事だと思っています。

                     2004年5月 山崎正明

*この「題材との出会い」場面の具体的な授業反省を「ダウンロード美術資料」に「中3・存在証明授業反省メモ」として加えました。よろしければ、ご覧下さい。